「大地を整え、身体を整え、いのちを全うする」
田畑を耕し、山を整える。涸れた水を戻し、大地に水と空気を循環させる「野良仕事」。
からだをゆるめ、心をゆるめ、ひとりひとりの命を伸びやかに動かしていく「ゆるめる整体」。
わたしはこの二つの営みをひとつながりのものとして捉え、20年後もその先も、誰もが美しい里山で心地よく暮らし、尊厳のなかで人生を閉じていける社会をめざします。
なぜ今、『野良と整体』なのか
51歳にもなって、たいそうどんくさいわたしですが、故人からのメッセージを受け取り、20年後をイメージしました。少し長くなりますが、現在地点の確認と、描いてみた未来像を記してみました。
たいそうどんくさい。
けれども残念ながら、そういうわたしなのだ。
50を過ぎてなお、自分はどこを目指したいのか、確かめ直したくなる。屋号を考え直したくなる。
こんな風にわざわざそのあり様をウェブサイトにさらけ出さなくたっていいじゃないか。
そう思いはするものの、自分自身の現在地確認のために記しておく。
ビジョンを描き直す
最近他界した身内が、息を引き取るその朝に、夢で知らせてくれたことがある。
ビジョンを描くことに慣れた方がいいよ
ビジョンを描くか作業をするか。
ビジョンを描かないことには何も始められない人もいると思うが、
わたしはどちらかと言えば作業から入る方。
むしろどちらかを選べるとしたら、作業を選ぶ方。
ビジョンを全く描いてこなかったわけではないが、
ここのところ、タスクタスクタスク・・・な営みになってしまっていた。
葬儀に参列したかったのに風邪をひき、出かけられなかった。
仕方がないから床の中でビジョンを描いた。
そうして出て来た新屋号が『野良と整体』だ。
『野良と整体』
今の収入ではとてもじゃないけど都会では暮らせない、ということもあるけれど、
純粋に今の生活のリズムが好きだ。
身体を整える仕事(ゆるめる整体)を生業にしつつ、
野を整える営み(野良仕事)をしている。
どちらも本当は、もっとグイグイと進めたいけど、息子を軟弱に育てすぎた。
”おかーちゃん”がいなくても自分の世界で遊ぶようになるのもあとちょっとだろう。
そうすれば少しは動きやすくなる。もう少しのしんぼう(のはず)。
ヴィジョンを描けと言われてしまったものだから、
想像しやすそうなところとして20年後をイメージしてみた。
そうしたらえらいこっちゃ、だった。
故人が今まさにこれを伝えてくれた意味がよくわかるというもの。
月ケ瀬は人口が今1200人だけれど、20年後は下手をすると
半分くらいになる。日本全国の話として、今現在、高齢者1人を2人で
支えている騎馬戦型だが、20年たつと、1.5人で支える、
肩車型になっていく。
月ケ瀬も、私が越してきた11年前と比べて、山の荒れ方が
ひどくなっているし、この沢、水涸れることあったっけ?という
沢の水が、すっかり涸れあがっていたりする。
(思い過ごしかもしれないので、古老に聞き取り調査をしたい)
目に見えて崩れて来た家も少なくなくなってきた。
今、炭焼きをしたりしている人たちが、70代、80代とすれば、
20年後は彼らのうち何人が元気に動いている?という状態だし、
かくいう私も前期高齢者になっている。
「来週の整体の集客をしなきゃ」とか、「今年の紅花畑の
準備をしなきゃ」とか、目の前の作業にいそしんでいる場合じゃなかった。
もちろんそれも必要なんだけど、もっと大きな絵の中で、
今何をすべきかを見据えないといけない。
介護しない・されない社会
言い古されていることだから、わざわざ言うまでもないが、
平均寝たきり年数男性9年、女性12年はいよいよあかんと思う。
田舎で暮らしていると、ここいらの人は、ぴんぴんころりを
地で行く人が少なくない。救急車の音がしたと思ったら
その二日後くらいに葬儀の案内のチラシが入る。
90歳を超えてもしゃんと立って畑をし、動いている人ほど、
ある時突然、あっという間に逝ってしまう。理想形だと思う。
年をとればとるほど動かないといけない。
わたし自身が体感している。どんどん、事務作業が嫌になってきた。
こうしてキーを打ち、画面を見るのが、若いころは何でもなかったけど
最近は、できればなるべく短くしたいと思うようになった。
たぶんとても自然なことで、こういう人間にとって不自然な営みは
身体が求めてはいないのだろう。私自身も、もっともっと動く
ようにしていきたいと思っている。
大地を整える
20年後の月ケ瀬。とても美しい里山を思い描く。
涸れた沢も水が戻っている。
侵略しすぎた竹は適度に手を入れられ、水を蓄えられる山へと再生される。
沢を飛び交う蛍は今より増えて、ほたる祭りはもっと盛大に。
月ケ瀬に住める人、住めないけど好きな人。
いろんな人が行ったり来たり、入り乱れ、月ヶ瀬が好きという共通項を
大切にしながら、この里を皆の力で美しく整える。
紅花畑が増えて、春は梅と桜、夏は紅花。
年に何度も祭りを催し、美味しいご馳走を皆で食べる。
集い、語り、肩を組み、子どもは増え、みんなが笑顔だ。
土地に水と空気の流れが戻り、大地がいきいきしてきたら、
こんな美しい里山を放っておけない人たちが増えて来る。
たとえ行政の予算を振り分けてもらうことができなくなったとしても、
月ケ瀬で皆で興す営みによって、この里の暮らしは守られる。
そんな光景が浮かんでいる。
『野良と整体』
大地を整え、身体を整える。そうしてひとりひとりがその命を全うする。
